社内恋愛は、会社が口を出してもいい問題なのか?

― 恋愛の自由と職場の秩序。その微妙な境界線 ―
「ねえ、知ってる? 営業部のA君と総務のBさん、どうやら付き合ってるらしいよ」
「えっ、そうなの? でも、あの二人って上司と部下じゃなかった?」
どこの職場でも、一度くらいは耳にしたことがありそうな会話です。
社内恋愛。
少し気になる、ちょっと微笑ましい話題。
ときには職場の噂話に花を咲かせることもあるでしょう。
もちろん、誰と誰が恋愛関係になるかは、基本的には個人の自由です。
ところが、そんな二人の関係が、ある日突然、会社にとって無視できない問題へと姿を変えることがあります。
恋愛は個人の問題。 でも、その舞台が職場だったら?
今回はそんな身近で少しデリケートな問題を、労務管理の視点から考えようと思います。
■ 恋愛が、職場の問題に変わるとき
例えば、ある部署で上司と部下が交際していたとしましょう。
交際中は何の問題もなく、仕事も順調。周囲も温かく見守っていました。
ところが、やがて二人は破局。
それを境に、職場の様子が少しずつ変わり始めます・・・。
「最近、あの人にだけ仕事が厳しくない?」
「そういえば、付き合っていた頃は評価が甘かったような……」
「二人が同じ会議にいると、なんとなく気まずいんだよね」
こうなると、もはや当事者二人だけの問題とは言い切れません。
業務上の指示や人事評価の公平性、職場の人間関係、さらにはチーム全体の士気にも影響が及ぶ可能性があります。組織行動論では、職場内の人間関係が従業員の心理や行動、組織の機能に影響することが研究されています。
また、特定の社員に対する優遇や不利益な扱いが疑われる状況は、たとえ実際に不公正な取扱いがなくても、組織への信頼を損なう原因になり得ます。
問題は恋愛をしていることではなく、その関係が仕事にどのような影響を与えているか。
ここに、労務管理として考えるべきポイントがあります。
■ 服務規程に「社内恋愛禁止」と書けるのか?
さて、経営者の立場からすると、こんな疑問が浮かぶかもしれません。
「だったら、最初から社内恋愛を禁止しておけばいいのでは?」
確かに、それができれば話は簡単そうです。
しかし、法律の世界では、それほど単純ではありません。
そもそも、恋愛や交際は、個人の私生活に深く関わる事柄です。
日本国憲法第13条は個人の尊重を定めており、そこから導かれる人格的利益やプライバシーの保護という考え方は、企業と従業員の関係を考えるうえでも重要な意味を持ちます。
もっとも、憲法の規定が私人間の労働関係にそのまま直接適用されるわけではありません。民法上の権利や労働契約上の義務などを通じて、その趣旨が考慮されます。
そのため、業務上の必要性を問わず、従業員の恋愛そのものを一律に禁止し、違反しただけで処分することには、法的な問題が生じ得ます。
一方、会社には職場の秩序を維持し、業務を円滑に運営する必要があります。
つまり、会社が考えるべきなのは、
「誰と恋愛してはいけないか」ではなく、
「どのような行為が、職場の秩序や業務に支障を与えるのか」ということなのです。
■ 恋愛の自由と、会社のルール
ここで少しだけ、法律的な考え方に触れてみましょう。
従業員には私生活上の自由があります。
その一方で、労働契約を結んでいる以上、会社の正当な業務指示に従い、職場の秩序を不当に乱さないよう行動することも求められます。
この二つは、必ずしも対立するものではありません。
例えば、次のような問題への対応は、会社として検討する余地があります。
上司が交際相手の人事評価や昇進判断を担当している。
交際関係を背景に、業務上の便宜や不利益な取扱いが生じている。
私的な感情によって業務指示や職場内のコミュニケーションに支障が出ている。
交際関係を利用した不適切な働きかけや、ハラスメントが疑われる。
特に、上司が交際相手を評価するような場面では、「利益相反」という考え方が参考になります。利益相反とは、ある立場で求められる公正な判断と、個人的な利害関係とが衝突する、あるいは衝突するおそれのある状態をいいます。
実際に不公平な評価が行われたかどうかだけでなく、公平性に疑念が生じる状況そのものを管理することも大切です。ただし、だからといって、交際している二人を機械的に異動させたり、交際関係を無条件に申告させたりしてよいわけではありません。
業務上の必要性や本人への不利益、プライバシーへの配慮を踏まえて、慎重に判断する必要があります。
■ 社内恋愛が原因なら、懲戒処分はできる?
もう一つ、気になるのが懲戒処分です。
「社内恋愛が原因で職場が混乱した。だから処分したい」
経営者として、そう考えたくなる場面もあるかもしれません。
しかし、懲戒処分には一定の法的な制約があります。
労働契約法第15条では、懲戒について、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められない場合には、権利の濫用として無効になると定めています。つまり、就業規則に「懲戒対象」と書いてあれば、何でも処分できるわけではありません。
重要なのは、何をしたのか、どのような業務上の支障が生じたのか、そして処分の重さが相当なのかという点です。
例えば、交際していたという事実だけで懲戒処分を行うことと、交際関係を背景に執拗な嫌がらせや不当な業務指示を行ったことを理由に処分することでは、法的な評価が大きく異なります。後者の場合、問題となるのは恋愛そのものではなく、職場における具体的な不適切行為です。もちろん、その場合でも、事実確認や本人への説明機会など、適正な手続への配慮が欠かせません。
■ 「恋愛禁止」よりも「トラブルを防ぐ仕組み」を
では、会社はどのようなルールを整えておけばよいのでしょうか。
私としては、社内恋愛を直接禁止する規定を設けるよりも、職場全体に適用できる服務規律を整備することが望ましいと考えます。
例えば、職務上の地位を利用した不当な便宜供与を禁止すること。私的な感情によって、公正な人事評価や業務指示を妨げないこと。ハラスメントを禁止し、問題が生じた場合には相談できる窓口を設けること。そして、必要に応じて評価担当者の変更や業務分担の見直しを検討できる体制を整えておくこと。
こうしたルールであれば、社内恋愛に限らず、さまざまな人間関係のトラブルにも対応しやすくなります。大切なのは、従業員の私生活を管理することではありません。
仕事に必要な公平性と、安心して働ける職場環境を守ること。
そのための仕組みをつくることこそ、服務規程の本来の役割の一つなのです。
■ 人間関係に、正解はあるのでしょうか
職場というのは、実に不思議な場所です。
年齢も、価値観も、育ってきた環境も違う人たちが、一日の多くの時間を同じ場所で過ごしています。そこに友情が生まれることもあれば、恋愛が生まれることもある。ときには、感情のもつれから、思いがけないトラブルに発展することもあるでしょう。
それらすべてを就業規則で解決することは、おそらくできません。
そもそも、人の気持ちは規則どおりに動くものではありませんから。
ただ、問題が起きたときに、誰かの感情や立場だけで判断するのではなく、公平な基準に立ち返ることはできます。
そのために、就業規則や服務規程があります。
恋愛は自由。
でも、職場には守るべき秩序がある。
この二つをどう両立させるか。
社内恋愛という身近な話題には、実は労務管理の本質につながる問題が隠されているのかもしれません。
▢ テラスで、ちょっとひと息。
もし、あなたの職場で社内恋愛が発覚したら、どうしますか?
「本人たちの自由だから、何もしない」
「トラブルになる前に、会社としてルールを決めておく」
どちらにも、それなりの理由がありそうです。
ただ、一つだけ覚えておきたいことがあります。
会社が守るべきなのは恋愛をしない職場ではなく、誰もが公正に働ける職場だということ。
コーヒーを一杯飲みながら、そんなことを考えてみるのも悪くないかもしれません。
▢ 就業規則・服務規程の整備について
職場の人間関係に関する問題は、起きてから対応するよりも、日頃から相談体制や服務規律を整えておくことが重要です。社会保険労務士事務所ユニットベンチャーズでは、企業の実情に合わせた就業規則・服務規程の作成や見直しを支援しています。
「うちの会社のルールは、今の働き方に合っているだろうか?」
そんな疑問がありましたら、お気軽にご相談ください。



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