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「不遇」というレッテルを剥がして-氷河期世代が歩んできた、サバイバル-

「氷河期世代」。


1970年代から80年代前半に生まれ、バブル崩壊後の就職超氷河期(1993年〜2004年頃)に社会へ放り出された私たちを指す言葉です。


2026年現在、私たちは40代後半から50代半ばに差し掛かっています。


社会の「中核」と呼ばれる年齢になりましたが、振り返れば、私たちの歩みは常に「向かい風」との戦いだったように思います。

1,「氷河期」とは何だったのか?


当時の私たちは、どれだけ努力しても「入り口」さえ開かない現実に直面していました。 求人倍率は底を打ち、100社受けても届くのはお祈りメール(当時は封書も多かったですが)ばかり。


「正社員になれるのは一握りの幸運な者だけ」という異常な環境が、私たちの20代を定義してしまいました。


その結果、非正規雇用の増大、所得の伸び悩み、未婚率の上昇……。「失われた30年」のツケを一身に背負わされた世代として、統計データの上では確かに私たちは「不遇」と分類されています。


2,本当に、私たちは「不遇」なだけなのか?


しかし、同じ時代を生き、今こうして筆を執っている私には、少し違う景色も見えています。


確かに、手にしたかったキャリアや、描いていた未来とは違う場所に立っている人は多いかもしれません。社会的な支援が届くのも、いつも少しだけ遅すぎました。


ですが、この30年近いサバイバルの過程で、私たちが身につけたものがあります。

それは、「期待しすぎない強さ」と「土壇場での適応力」です。


私たちは、潤沢なリソースやバラ色の未来が約束されていない中で、どうにかして「今日」を繋ぐ方法を自分たちで見つけ出してきました。ITの黎明期を駆け抜け、働き方の激変を最前線で浴び、何度もの不況をすり抜けてきた。 このしなやかさは、順風満帆な時代には決して手に入らない、血肉となったスキルです。

3,静かなるエールを込めて


世間は私たちのことを「救済対象」や「課題の多い世代」と呼ぶかもしれません。


でも、私はこう思います。

この不安定な社会において、最も「折れにくい」のは、あの極寒の時代を生き抜いてきた私たちではないか、と。


私たちは、華やかなスポットライトを浴びることは少なかったかもしれません。ですが、組織の泥臭い部分を支え、現場の綻びを繕い、変化の激しい現代で淡々と役割を果たしているのは、間違いなくこの世代の背中たちです。


「頑張れば報われる」という言葉を、素直に信じられない時期もありました。 それでも、私たちは今日まで歩みを止めませんでした。


もし、今も「自分は不遇だ」と自分を責めている人がいるなら、一度だけ、自分の手を見てほしい。

その手で、どれだけのトラブルを処理し、どれだけの「想定外」を乗り越えてきたか。


私たちは不遇だったかもしれない。

けれど、無力ではなかった。


氷河は溶け、時代は巡ります。

積み上げてきた「自分だけの正解」を、これからは自分のため、そして次の世代のために、もう少しだけ誇らしく使っていきませんか。

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